給与の源泉徴収と年末調整-事業者の負担について

この記事は約10分で読めます。

年末調整もますます複雑化し源泉徴収事務の事業者負担は大きい。給与の源泉徴収制度は、いつから始まったのだろうか。源泉徴収制度の歴史を調べてみた。

はじめに

制度もその存在が長くなると、「空気」のようなものとなってくる。制度の存在する意義(意味)を考えることもなく、ましてや、その制度が「ない」ことは想像することすらしなくなる。
源泉徴収制度は、国家の租税徴収事務の一部を事業者(源泉徴収義務者)に負担させる制度でありながら、事務費の支給は一切ないどころか、法律が強制する事務であるため、徴収義務を怠った場合や納付が遅れた場合は、なんらかの不利益(加算税など)を負うこととなる。さらに、年末調整という事務負担がある。近年、この年末調整事務が年々複雑化している上に、番号法による、本人確認義務という負担を強いられる。

国家にとって、ひいては国民にとって、税が必要不可欠なものであり、その徴税事務費が最小であることは、望ましいことであり、誰も否定しないであろう。源泉徴収と年末調整制度は、この面で有効で、優れた制度といえるのかもしれない。

しかし、この「最小徴税費」が、事務負担を事業者に転嫁した結果として、単に政府の負担が最小であるという意味であるとすれば、本来の「最小徴税費」原則とは違ってくるように思える。現実に、そのようなコスト試算を見たことはないが、現実に源泉徴収義務者の費用負担は相当になっているという現実がある。

物事には、考え方や立場によって、様々な考え方がある。「税金は必要なものであり、その徴収に協力するのは国民の義務だ」だという考え方の人もいるかもしれない。しかし「税金を納めるだけでなく、税金を集める事務費も負担する」ことに疑問を持つ人もいて、なんら不思議ではない。

法令の規定

現行所得税法は183条で、居住者に対して給与の支払いをする者は、給与の支払いをする際に、所定の税額の所得税を徴収して国に納付しなければならいと定める。

190条で、「年末調整」についての規定を置く。年末調整とは、給与支払者が、その年の最後の給与の支払いに際し、「正当税額」と「徴収税額」との差額を徴収または還付した上で、国に納付する制度である。この「正当税額」とは、年間給与総額から、給与所得控除、社会保険料控除、基礎控除などを差し引きした金額を課税総所得金額とみなして、計算した所得税額のことである。

この制度によって、多くの給与所得者は、確定申告が不要となる。

源泉徴収制度の歴史

現在は「空気」のような存在となった源泉徴収制度だが、その歴史をあたってみることから始めてみよう。

源泉徴収制度の始まり1940年(昭和15年戦時税制)

給与に対する源泉徴収制度は昭和15年税制で導入された。昭和15年といえば、日中戦争の始まりとされる盧溝橋事件が昭和12年のことであり、税制の大改正が行われた年である。給与に対する源泉徴収は戦時税制として始まったのである。

税制も異なり、貨幣価値も異なるため、具体的にイメージすることができないが、昭和15年税制での所得税は、分類所得税(分離課税)と総合所得税(総合課税)の二本立てであり、分離課税(分類所得税)が原則で、比例税率である。ただし、5千円を超えると超えた分については、総合課税(総合所得税)となり、累進税率が適用された。

給与所得と源泉徴収についての規定はおよそ次のようなものであった。
・給料、歳費、年金、恩給等を「勤労所得」とする。
・勤労所得は、雇用主の規模等により、甲種、乙種に区分する。
・10人未満の使用人を使用する個人雇用主から支払われる給料は乙種とし、これ以外は甲種とする。
・甲種勤労所得は、その年の収入金額を課税標準とするが、乙種は、前年の収入金額を課税標準とする。

・基礎控除は720円である。
・甲種勤労所得は、源泉徴収による。乙種は、所得調査委員会の調査によって賦課決定(納税令書による)される。
・源泉徴収義務者には交付金を交付する。

あらためて、特徴点をあげると、全く同一の所得であるにもかかわらず、給与の支払者の規模で勤労所得を甲種乙種に区分し、甲種は源泉徴収であり、乙種は賦課課税である。しかも甲種は課税年度の収入を課税標準とするが乙種は前年の収入を課税標準としている。

現在のように小規模法人は存在しなかったと思われるので、小規模事業者には、源泉徴収義務はなかったのであり、比例税率であることから、現在の年末調整に相当する制度は不要であった。さらに、源泉徴収義務者に対する交付金制度あった。

給与に対する源泉徴収制度がなぜ導入されたかのか、その理由は、およそ次のようなものであったと考えられる。
戦費調達で増税が急務であり、その結果納税者の数が大幅に増加することなる。従来の賦課課税方式をとった場合、人的、物的なリソースも増加する。しかも徴兵によって、人手はますます不足する。
比例税率による源泉徴収制度は、この問題を解決する手段として考え出されたものであろう。
比例税率は、税制の簡素化とう効果だけでなく「弾力性」という点でも有効であり、その後敗戦まで、毎年のように税率がアップしていく。

総合課税一本化1947年(昭和22年税制)

日本国憲法施行の年であり、税制改正の方針として、税制における所得税中心主義、累進税率による総合課税、申告納税方式などが掲げられた。

給与所得と源泉徴収についての規定はおよそ次のようなものであった。
・従来の「勤労所得」は、「給与所得」と名称が変更されたが、その範囲は従来と変わらず、給料の他に年金、恩給も含む。
・給与所得は、その20%を控除した金額を課税対象とする(現在の給与所得控除に相当)。
・給与に対する源泉徴収制度と所得税税額表の制定。
・所得金額5万円以下の者に対する税額の特例(簡易税額表)。
・所得金額5万円以下の者を対象とした「年末調整」。
・基礎控除に相当する金額は4800円であり、税率は1万円以下20%から、100万円超75%までの12段階である。

総合課税一本化、累進税率の導入によって、所得税の所得再分配機能を意識した税制となっている。比例税率と比して「複雑化」するのに対応するため現在の給与所得の税額表の原型となるものが導入された。
所得金額5万円以下の者については、本則によらず、所得金額と扶養数で税額を求める税額表方式がとられた。
年末調整に相当する過不足調整は、この特則対象者のみである。したがって「年末調整」といっても、実際徴収額とこの税額表を比較する簡易なものであった。

なお申告納税制度が採用されたのも昭和22年税制である。申告納税といっても、「予算申告納税」という制度であり、その年の所得見積額を4月、7月に申告納税する仕組みであり、現行とは異なる。現在では、申告納税制度を民主主義と関連付けて論じられることも多いが、導入の経過から言えば、敗戦後の逼迫した財政事情と、人手不足から導入されたもののようである。

シャウプ勧告を受けて1949年(昭和24年)から

1949年以後は、シャウプ勧告(1949年)を受けて、税制改正が行われた。
1949年以後の改正で、総合課税、累進税率、勤労控除(給与所得控除に相当)、基礎控除、扶養控除などの人的控除など、現在につながる制度が確立されてきた。
シャウプ勧告には、源泉徴収制度について次のように記されていることに注目したい。

「実地調査旅行のとき、納税者に質問した際雇用者はたとえかれが申告書を提出せず、源泉徴収されている場合においても、自分の所得税負担がいかなるものか十分知っていることを確認した。
しかし、この確認は俸給袋あるいはそれに付随している紙片に明確に総収入が幾何であり、各控除はなんのためで、どの位の額であるかを記入してある場合に限られている。
われわれは、俸給、または賃銀の一つ一つの支払において、このようなことを明記すべきことを、要請しもしこれに従わなかったら雇用主を厳罰に処すべきことを勧告する。そうしなければ賃銀、俸給に対する所得税は、給料に対する非人的税に堕し、遂には個人所得税制度の崩壊の原因となるであろう。」

(源泉徴収制度の歴史については、第一法規「コンメンタール所得税法」を参考とした。)

歴史を振り返って

給与に対する源泉徴収制度は、戦時税制として導入された。戦争による財政の逼迫に伴う増税、それにともなう納税者の増加、さらに、納税令書による付加課税では、人手が不足する中で導入された制度である。
注目すべき点をあげるならば、比例税率であることから、徴収義務者の計算は容易であり、年末調整に相当する制度は不要である。また一定の交付金が支給されたようである。
1947年の戦後税制で注目すべきは、一種の「簡易課税」制度である。所得金額5万円以下の者について、所得税法本則によらず、簡易に税額が確定する方式である。
シャウプ勧告については、上記に引用した部分が、源泉徴収制度の根幹にかかわる問題を指摘しているものと考える。現在どれだけの給与所得者が、自己の税金を意識しているのであろうか。

源泉徴収と年末調整制度の徴収義務者の負担

源泉徴収と年末調整によって、ほとんど給与所得者は、確定申告をし、税務署に税金を納付するという必要はない。国家もこの制度によって、膨大な数の申告書を処理し、所得税を徴収するという事務から解放される。国と給与所得者の事務負担軽減という意味では、この上なく、優れた制度と言えよう。しかし、一方では「源泉徴収によって納税者意識が欠如する、ひいては民主主義の問題につながる」という意見もある。
本稿の意図は、これらの本質的な問題を論じることではない。源泉徴収と年末調整という制度を前提とした上での源泉徴収義務者(事業者)の負担という問題である。これまで、この負担の問題は、あまり論じられことがない。

実務家としての実感であるが、税理士に申告事務を委託している小さな会社や青色申告事業者でも、かつては、相当数が年末調整事務は、税理士に委託せず自分でやっていた。ところが、毎年のように税制が変わり、複雑化しており、専門家であるはずの税理士にとっても、年末調整ソフトがないと難しい。このような状況で、年末調整を「自分でやる」という人が減っている。税理士にとっては、飯の種といえるのだが、はたしてこれでよいのか疑問である。

アダム・スミスの租税原則(最小徴税費)

アダム・スミス「国富論」の租税原則は現在も参照されることが多い。財政学のテキストなどでは、第一原則公平の原則、第二原則明確性原則、第三原則便宜性の原則、第四原則最小徴税費原則として紹介されている。

スミスの最小徴税費原則は、「人民が負担する税金と実際に国庫に入る金額の差額が少なくなること」と紹介されることが多いが、スミスの視点はただそれだけではない。「産業活動の妨害」「徴税人のたびかさなる臨検」「いやな検査」などにも言及している。当時と税制が全く異なるにしても、スミスの視点は、社会全体の納税に関するリソースを問題にしているのであって、政府の負担する徴税コストだけを論じているのでないことは明らかである。ちなみにスミス自身は「最小徴税費」という用語は使っていない。
現在の源泉徴収と年末調整制度(所得税)は、複雑すぎて、社会的リソースのムダである。しかも、複雑すぎる年末調整は企業の負担になっている。これは実体験だが、昔勤務していた事務所から年末調整の手数料請求書を預かり持参したら、社長が、社員に「私は年末調整関係ない、みんなは税金が戻るんだから、これはみんなで払いなさいよ」と言ったのでびっくりしたことがあった。もちろん、そうはならなかったが、「これは税務署に請求してくれ」と思っている社長もいるのかもしれない。

源泉徴収と年末調整についての若干の考察

源泉徴収や年末調整という制度は、国家の租税徴収事務の事業者への転嫁であることはまぎれもない事実である。これらの義務を負うことは、やむを得ないこととする考えもある。この制度を廃止して、事業者の事務負担が減ったとしても、税務職員の大幅増員が必要となれば、結局は納税者である国民の負担が増加することとなる。要は、本質的な意味で「最小徴税費」を実現することが必要である。

以下、源泉徴収と年末調整の歴史を振り返り、最近の情報通信技術の進歩のなかから、この方向性を探ってみたい。

簡易な税制

所得税の所得再分配機能を損なわず、総合課税主義と累進税率を維持することは、前提であるが、まずなによりも簡易な税制が求められる。
そのためには、複雑化した「所得控除」の簡易化と廃止も含めた検討が必要であろう。特に強制徴収保険以外の保険料控除は廃止すべきものと思う。複雑化した人的控除は、基礎控除の引き上げによって、簡素化が可能ではないだろうか。

減税方式の給付の廃止

住宅ローン控除は、事実上「給付」であって、政策上必要と判断されれば、税制に組み込むことなく、あくまで「給付」として実施すべきものと思われる。

源泉徴収段階での比例税率

現在も「報酬」は2段階の比例税率となっているが、給与でも源泉徴収段階での比例税率の導入も検討に値する。総合課税、累進税率が前提であることから、源泉徴収が比例税率であれば、年末調整の過不足額が大きくなりすぎるという欠点があるが、電子申告の普及によって、給与所得者全員が確定申告することも、可能になってきているように思われる。

電子申告による全員申告の可能性

詳細の仕様等は、ここでは検討しないが、情報通信技術の進歩、スマホの普及状況などから、年末調整廃止し、給与所得者全員が確定申告することも可能になっていきているものと思われる。

低額所得へ配慮した「簡易課税」の導入

この点では、1947年税制の「所得5万円以下の簡易税額表方式」も参考にしてよい。
当時、人手不足から、やむを得ず導入された制度であるが、給与のみで、かつ年収一定額以下の所得者については、所得税法本則によらず、収入金額と扶養人数のみから、税額が確定する方式は、税制の簡素化という意味でも有効であり、税収に対する影響も軽微であると思われる。

2022/03/31