医療費控除を考える

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医療費控除は、税制のなかで一番なじみのある制度かもしれない。一般には医療費助成と受け止められているようだが、これが税制に組み込まれた本来の趣旨は、税金支払い能力への配慮である。創設当初とは、社会状況も税制も変化してきている。医療費控除は根本から見直す時期にきている。

「医療費控除」と言えば多くの人が「還付金」を連想する。医療費控除は、高額医療費制度などと同じように、医療費の助成制度と思われているが、あくまで「税制」に組み込まれた制度である。税制としての医療費控除は、なぜ存在するのだろうか。またこの制度の存在によって、確定申告数の増大、複雑化などによって多くの社会的リソースが、費やされる。根本に立ち返って「医療費控除」の存在意義を問いたい。

その一「えっ、それしか戻らないの。仕事休んできたのに」

もう20年以上前になるだろうか。確定申告の相談会場の当番のときの話。医療費控除の申告相談に来られた方の話である。計算した結果は、わずか数百円の還付であった。

その二「医療費控除やったら納付になる」

去年のこと。社長さんから、WEBの確定申告コーナーで医療費控除の計算をしたら、還付でなく「納付」になる。おかしいから見て欲しいとのこと。年末調整済みの給与と年金を合算して、医療費控除をやると確かに納付になるので、間違いではないと説明したが、納得いかない様子であった。

その三「払いすぎた税金を取り戻そう」

確定申告時期になると雑誌等でよくみかける記事のタイトルである。

誤解されている「医療費控除」

いずれも「医療費控除」が、医療費の給付制度(自己負担した医療費の還付)であるという「誤解」からきている。現行の医療費控除制度は、所得税法73条に規定されている。医療費控除は「扶養控除」などと同じ「所得控除」の一種であり、総所得金額の5%(10万円を限度とする)を超えた分の医療費を所得計算上控除するという制度である。
したがって、年末調整済みの給与であれば「所得控除」が増加するので還付となる仕組みである。また所得控除であるがゆえに、同額の医療費であっても、税率が高い高所得者のほうが、メリットが大きく、所得税の課税限度額以下の人には全くメリットがない。

医療費控除を医療費助成(給付)制度と考えると、この制度に納得がいかない人も多いと思われる。しかし、医療費控除制度は「給付行政」ではなく、「税制」に組み込まれた制度である。ここに、根本的な誤解がある。

税制としての医療費控除の意味

所得税制としての医療費控除の意味(意義)は、どこにあり、なぜこの制度が創設されたのであろうか。

創設当初の意義

所得税法の医療費控除はシャウプ勧告を受けて1950年(昭和25年)の税制改正で創設された。その主旨は「納税者の税金支払能力」を考慮したものである。

「勧告」を読むと、通常の診察費(医療費)の控除を認めることは、基礎控除で償われているとみるべき生計費の控除を別枠で認めることとなり税務行政に不当な負担を負わせることになる、とした上で、医療費が甚だしく多い場合(大手術、長期入院、結核療養など)税金の支払能力に相当な支障をきたす、として、このような場合、適当な控除が与えられるべきであると結論している。そして「損失控除」と同様に所得の10%を超える場合控除を認めるという原則を適用すればよいとしている。

ここで注目すべきポイントは、(1)「通常の医療費」は生計費の一部であって、控除を認めるべきでなく、認めれば税務行政に不当な負担を負わせるとしていること。(2)控除を創設する主旨は、あくまで納税者の税の支払能力を考慮してのことであるとしていることである。

勧告を受けて、1950年(昭和25年)税制で、所得控除としての医療費控除が創設された。所得の10%を超える医療費が控除の対象(10万円を限度)とされた。インフレの激しい時代であり、この金額を実感することはできないが、国税庁統計では、昭和25年の申告所得税の納税者は430万人で、ひとりあたり所得は、およそ15万である。

税制としての医療費控除の意義

制度創設時に立ち返れば、医療費控除は、「税金支払能力」を考慮したものである。しかし、現状では「税金支払能力」との関連は疑わしい。とすれば、医療費控除の意義は「公平」ということになる。いわゆる「水平的公平」の問題である。

年収600万の人の一方は、年間の医療費を30万支払っており、他方は医療費の支払いがないとして、この二人は同一の税金負担でよいか、という問題である。おそらく意見は分かれると思われる。

では改めて、二人とも歯科治療を受けているが、一方は、本人の意思で、社会保険適用外の自費治療を受け30万円支払い、他方は、社会保険診療内の治療を受けたため10万以内で済んだとしたらどうであろうか。

おそらく、今度は「二人の税金負担は同一でよい」という回答が多数ではないだろうか。現状の医療費控除の対象となる医療費は、個人の選択の自由に属するものが多い。通常の医療費は、生活費の一部であり、だれがどのような生活をしているかは、水平的公平の問題とはなじまない。

医療費控除による社会的リソースのムダ

税は公平でなければならないので、医療費の範囲についての膨大な取扱い規定が存在するし、何らかの審査(チェック)も必要となる。医療費控除制度の存在によって、多くの社会的リソースが使われていることは疑いない。医療費控除制度がなければ、まず、申告数は相当減るし、税金の計算も簡素化される。

医療費控除の存在意義を考える

医療費控除制度の規定する医療費は広範であり、その多くが個人の自由選択に属するもの、つまり生活費である。また、基本的に生きる上で必要な医療給付は、社会保険制度の役割である。

とはいえ、「通常でない」医療費支出は、やはり「税金支払能力」に影響を及ぼすので、医療給付とは別個の、税制としての医療費控除の意義もある。

シャウプ勧告の「基礎控除で償われているとみるべき生計費の控除を別枠で認めることとなり税務行政に不当な負担を負わせることになる」という原点に立ち返るべきではないだろうか。

医療費控除制度は、根本から見直す時期にきている。

2022/04/14