「1億円の壁」年間所得1億円超の所得者

この記事は約9分で読めます。

年間所得が一億円を超えると、実効税率が下がる「一億円の壁」。この1億円を超える所得者の人数、所得の内訳、一人当たり所得など、その「実像」はどうなっているのだろう。

令和4年申告所得税標本調査によると、1億円を超える最上位の所得階層は、25,085人、所得総額は7兆4337億円、単純に割り算すると一人2億9,643万円となる。所得金額の40.7%が「株式等の譲渡所得」である。「壁」の原因は金融所得の分離課税にあることは明らかである。

後でみるが、年間所得1億円超の最上位クラスは、1億円以下の高額所得者クラス(5千万円を超え1億円以下)とは、所得の構成が全く異なる。
※申告所得税標本調査は、国税庁が毎年発表している。標本調査であり実数ではないが、母集団(全体)の数値を推計したものである。

所得1億円超の高額所得者 人数と所得金額

申告所得税標本調査は、「事業所得者」「不動産所得者」「給与所得者」「雑所得者」「他の区分に該当しない所得者」と申告者を5分類している。これは主たる所得による分類であり、区分以外の所得がないということではない。

(表1)1億円超の申告者区分別の人数と所得金額
申告者区分人数所得(百万円)
事業所得者2,360435,319
不動産所得者63298,785
給与所得者6,2991,215,028
雑所得者507167,798
他の区分に該当しない所得者15,2875,516,844
合計25,0857,433,774
令和4年申告所得税標本調査より作成

(グラフ1)申告者区分別人数

(グラフ2)申告者区分別所得金額

最上位の所得階層では、員数で25,085人中15,287人、所得金額で、7兆4千億が「他の区分に該当しない所得者」であり、員数で60.9%、所得では、74.2%となる。1億超の最上位所得階層では、所得区分による分類には、ほとんど意味がない。

一億円超所得者の申告所得の内訳

申告数と申告所得の内訳は下記のようになる

(表2)一億円超の申告数と所得合計

申告所得区分申告数所得(百万円)所得構成比
営 業 等 所 得3,980418,9245.64%
農 業 所 得88800.00%
利 子 所 得1,0692,9500.04%
配 当 所 得 等9,623439,3305.91%
不 動 産 所 得13,060166,3982.24%
給 与 所 得18,4461,304,71617.55%
総 合 譲 渡 所 得61312,6280.17%
一 時 所 得3,17917,4030.23%
雑 所 得12,392204,4882.75%
山 林 所 得17980.00%
退 職 所 得87462,9700.85%
分離短期譲渡所得44321,3310.29%
分離長期譲渡所得9,4751,766,28923.76%
株式等の譲渡所得等7,8233,033,98940.81%
合計25,0857,433,775100.00%
申告件数合計81,8827,451,514
令和4年申告所得税標本調査より作成

申告者員数が、25,085に対し、申告所得件数は、81,882となっていることから、多数が、複数項目の申告をしているが、個々の申告者の組み合わせは不明である。

1億円超所得者の一人当たり所得額

各種所得金額を申告員数で割って、一人当たりの所得額を算出した。

(表3)申告所得の件数と一人当たり所得
申告所得区分申告数一人当たり所得金額
営 業 等 所 得3,980105,257,286
農 業 所 得8880
利 子 所 得1,0692,759,588
配 当 所 得 等9,62345,654,162
不 動 産 所 得13,06012,741,041
給 与 所 得18,44670,731,649
総 合 譲 渡 所 得61320,600,326
一 時 所 得3,1795,474,363
雑 所 得12,39216,501,614
山 林 所 得175,764,706
退 職 所 得87472,048,055
分離短期譲渡所得44348,151,242
分離長期譲渡所得9,475186,415,726
株式等の譲渡所得等7,823387,829,349
合計25,085296,343,432
申告件数合計81,882
令和4年申告所得税標本調査より作成
(グラフ3)申告所得別一人当たり所得

一人当たり所得では、「分離長期」(1億8千万)と「株式譲渡」(3億8千万)と、とびぬけて大きく、「営業」(1億500万)が、これに次ぐ。単独で1億ラインを超えるのは、この3種のみである。

株譲渡所得の一人当たり所得

1億円の壁が、問題視されるのは、金融所得の分離課税にある。そこで「株式等の譲渡所得」を申告者区分別に表にすると下記のとおりとなる。

(表4)所得者分類別株譲渡申告数と一人当たり所得
申告者区分員数所得(百万円)一人当たり所得
事業1922,88315,015,625
不動産761,65221,736,842
給与1,32939,81329,957,111
923,74340,684,783
上記区分に該当しない所得者6,1342,985,900486,778,611
7,8233,033,991
令和4年申告所得税標本調査より作成

申告所得税標本調査では、申告者を「事業所得者」「不動産所得者」「給与所得者」「雑所得者」と分類し、これに該当しない所得者を「他の区分に該当しない所得者」と5分類しているが、1億円超える最上位クラスになると、6割が、「区分に該当しない所得者」であり、とりわけ株式等の譲渡所得となると、申告者の78%、所得金額の98%が、この「区分に該当しない所得者」である。ほとんど分類の意味がない。

もう一つの金融所得「雑所得」

株譲渡以外にも、先物取引(FXなど)の所得も分離課税であり、標本調査では「雑所得」として集計されている。雑所得は「公的年金」「業務雑所得」「その他」と区分されているが、標本調査で「雑所得者」と分類された申告者の「その他雑所得」申告者は268人に過ぎないが、所得1億円超の申告者の「その他雑所得」申告数は7,618件で、申告者25,085人の3割程度が雑所得の申告をしている。

(表5)雑所得「その他区分」の申告数、所得、一人当たり所得
申告者区分申告数所得金額一人当たり所得
事業所得者8891,7471,965,129
不動産所得者2779093,281,588
給与所得者2,11410,8135,114,948
雑所得者268150,964563,298,507
上記区分に該当しない所得者4,07025,1866,188,206
合計7,618189,616
令和4年申告所得税標本調査より作成

1億円超グループの「実像」は

1億円超のグループでは、株式等の譲渡所得が、4割を占める最大の項目であることは、明確であるが、個別の組み合わせは不明であり、1億超の所得者の実像は、みえにくい。

標本調査は、所得税法(および措置法)に従い、申告所得を区分している。手がかりとして、所得金額を、所得の源泉別に「事業」、「不動産」、「給与」、「利子配当」、「雑」、「臨時」と7分類して、一人当たり所得を算出した。また、1億以下(5千万超)の所得者と比較もしてみた。

所得の源泉別分類

株式等の譲渡を「株」とし、営業、農業、山林は「事業」とし、退職は「給与」に含めた。「利子配当」は、一つにまとめた。一時所得、譲渡所得は「臨時」とした。

(表6)所得の源泉別一人当たり所得
所得源泉一人当たり所得
387,829,349
臨時260,641,656
給与142,779,704
事業111,021,992
利子配当48,413,750
16,501,614
不動産12,741,041
令和4年申告所得税標本調査より作成
(グラフ4)所得源泉別一人当たり所得

上記表をグラフにしたものだが、「臨時」のほとんどが、分離長期譲渡所得であり、該当年度のみ1億超の申告となったと想定できるため除外した。

「株」以外で単独で1億ラインを超えるのは「給与」「事業」のみである。1億超の最上位クラスは、「株」+「他の所得」と想定するのが妥当であろう。

最上位(1億超)と上位(1億以下)との比較

所得構成の比較

所得構成の比較のため、所得の源泉別に「事業」、「不動産」、「給与」、「利子配当」、「雑」、「臨時」と7分類して、クラス別所得金額総額の構成比を算出した。

(表7)所得構成比較
所得種別1億以下1億超
事業13.7%5.62%
不動産7.1%2.23%
給与38.4%18.35%
2.3%2.74%
利子配当3.4%5.94%
6.5%40.72%
臨時28.5%24.39%
令和4年申告所得税標本調査より作成
(グラフ5)所得構成比の比較

上記表をグラフにした。長期譲渡所得がほとんどの「臨時」は除外したところで、構成比を比較した。

1億円以下のクラスでは、給与が53.8%と最大項目であるが、1億超となると給与は24.3%となる。1億以下クラスの高額所得者は、高額報酬の企業経営者および事業所得者(構成比19.2%)が主力であるとみなしてよい。劇的に変わるのが、株譲渡所得の割合であり、9.1%から53.9%になる。

一人当たり所得

(表8)一人当たり所得比較
区分1億以下1億超
給与61,244,724142,779,704
事業59,220,233111,021,992
29,807,356387,829,349
不動産9,819,89412,741,041
利子配当9,396,64948,413,750
3,243,51916,501,614
令和4年申告所得税標本調査より作成

(グラフ6)一人当たり所得比較

上記表をグラフにした。た同様に「臨時」は除外した。

1億以下(5千万円を超え1億円以下)は、所得税負担率が一番高い所得階層である。所得項目が多い順に、給与、事業、株となっている。1億超では、圧倒的に株である。

ひとこと

1億円の壁が問題視されて久しいが、実際に1億円以上稼ぐ人は、どれだけいるのだろうか。1億円の壁の原因は金融所得の分離課税にあることは、明確であるが、実像がみえてこない。主なメンバーは、高額役員報酬や事業所得の上に株でさらに稼いでいる人たちか、職業的投資家なのか、申告所得税標本調査では、個別組み合わせが不明であり、わからない。

1億以下では、主たる所得が給与、事業であり、これは累進税率が適用されるのに対し、1億超では、所得の最大項目が「株」であり、分離課税である。あらためて「1億円の壁」を確認できた。

アメリカには遠く及ばないにしても、最上位1億超クラスでは、一人当たり「給与」(退職所得を含む)が、1億4千万円となっている。トップ経営者層の報酬は高額化しているようである。

さすがに高額所得者というべきか、利子配当が1億円以下で、一人当たり930万円であり、1億超となると、4800万円である。これだけの金融資産を保有していることになる。

雑所得は、暗号資産など総合課税(累進税率)のものと、FXなど分離課税のものが混在する。1億超の高額所得者は、雑所得の申告者が3割程度存在していることも注目したい。