年間所得が一億円を超えると、実効税率が下がる「一億円の壁」。この1億円を超える所得者の人数、所得の内訳、一人当たり所得など、その「実像」はどうなっているのだろう。
令和4年申告所得税標本調査によると、1億円を超える最上位の所得階層は、25,085人、所得総額は7兆4337億円、単純に割り算すると一人2億9,643万円となる。所得金額の40.7%が「株式等の譲渡所得」である。「壁」の原因は金融所得の分離課税にあることは明らかである。
後でみるが、年間所得1億円超の最上位クラスは、1億円以下の高額所得者クラス(5千万円を超え1億円以下)とは、所得の構成が全く異なる。
※申告所得税標本調査は、国税庁が毎年発表している。標本調査であり実数ではないが、母集団(全体)の数値を推計したものである。
所得1億円超の高額所得者 人数と所得金額
申告所得税標本調査は、「事業所得者」「不動産所得者」「給与所得者」「雑所得者」「他の区分に該当しない所得者」と申告者を5分類している。これは主たる所得による分類であり、区分以外の所得がないということではない。
(表1)1億円超の申告者区分別の人数と所得金額
申告者区分 | 人数 | 所得(百万円) |
---|---|---|
事業所得者 | 2,360 | 435,319 |
不動産所得者 | 632 | 98,785 |
給与所得者 | 6,299 | 1,215,028 |
雑所得者 | 507 | 167,798 |
他の区分に該当しない所得者 | 15,287 | 5,516,844 |
合計 | 25,085 | 7,433,774 |
(グラフ1)申告者区分別人数
(グラフ2)申告者区分別所得金額
最上位の所得階層では、員数で25,085人中15,287人、所得金額で、7兆4千億が「他の区分に該当しない所得者」であり、員数で60.9%、所得では、74.2%となる。1億超の最上位所得階層では、所得区分による分類には、ほとんど意味がない。
一億円超所得者の申告所得の内訳
申告数と申告所得の内訳は下記のようになる
(表2)一億円超の申告数と所得合計
申告所得区分 | 申告数 | 所得(百万円) | 所得構成比 |
---|---|---|---|
営 業 等 所 得 | 3,980 | 418,924 | 5.64% |
農 業 所 得 | 888 | 0 | 0.00% |
利 子 所 得 | 1,069 | 2,950 | 0.04% |
配 当 所 得 等 | 9,623 | 439,330 | 5.91% |
不 動 産 所 得 | 13,060 | 166,398 | 2.24% |
給 与 所 得 | 18,446 | 1,304,716 | 17.55% |
総 合 譲 渡 所 得 | 613 | 12,628 | 0.17% |
一 時 所 得 | 3,179 | 17,403 | 0.23% |
雑 所 得 | 12,392 | 204,488 | 2.75% |
山 林 所 得 | 17 | 98 | 0.00% |
退 職 所 得 | 874 | 62,970 | 0.85% |
分離短期譲渡所得 | 443 | 21,331 | 0.29% |
分離長期譲渡所得 | 9,475 | 1,766,289 | 23.76% |
株式等の譲渡所得等 | 7,823 | 3,033,989 | 40.81% |
合計 | 25,085 | 7,433,775 | 100.00% |
申告件数合計 | 81,882 | 7,451,514 |
申告者員数が、25,085に対し、申告所得件数は、81,882となっていることから、多数が、複数項目の申告をしているが、個々の申告者の組み合わせは不明である。
1億円超所得者の一人当たり所得額
各種所得金額を申告員数で割って、一人当たりの所得額を算出した。
(表3)申告所得の件数と一人当たり所得
申告所得区分 | 申告数 | 一人当たり所得金額 |
---|---|---|
営 業 等 所 得 | 3,980 | 105,257,286 |
農 業 所 得 | 888 | 0 |
利 子 所 得 | 1,069 | 2,759,588 |
配 当 所 得 等 | 9,623 | 45,654,162 |
不 動 産 所 得 | 13,060 | 12,741,041 |
給 与 所 得 | 18,446 | 70,731,649 |
総 合 譲 渡 所 得 | 613 | 20,600,326 |
一 時 所 得 | 3,179 | 5,474,363 |
雑 所 得 | 12,392 | 16,501,614 |
山 林 所 得 | 17 | 5,764,706 |
退 職 所 得 | 874 | 72,048,055 |
分離短期譲渡所得 | 443 | 48,151,242 |
分離長期譲渡所得 | 9,475 | 186,415,726 |
株式等の譲渡所得等 | 7,823 | 387,829,349 |
合計 | 25,085 | 296,343,432 |
申告件数合計 | 81,882 |
(グラフ3)申告所得別一人当たり所得
一人当たり所得では、「分離長期」(1億8千万)と「株式譲渡」(3億8千万)と、とびぬけて大きく、「営業」(1億500万)が、これに次ぐ。単独で1億ラインを超えるのは、この3種のみである。
株譲渡所得の一人当たり所得
1億円の壁が、問題視されるのは、金融所得の分離課税にある。そこで「株式等の譲渡所得」を申告者区分別に表にすると下記のとおりとなる。
(表4)所得者分類別株譲渡申告数と一人当たり所得
申告者区分 | 員数 | 所得(百万円) | 一人当たり所得 |
---|---|---|---|
事業 | 192 | 2,883 | 15,015,625 |
不動産 | 76 | 1,652 | 21,736,842 |
給与 | 1,329 | 39,813 | 29,957,111 |
雑 | 92 | 3,743 | 40,684,783 |
上記区分に該当しない所得者 | 6,134 | 2,985,900 | 486,778,611 |
計 | 7,823 | 3,033,991 |
申告所得税標本調査では、申告者を「事業所得者」「不動産所得者」「給与所得者」「雑所得者」と分類し、これに該当しない所得者を「他の区分に該当しない所得者」と5分類しているが、1億円超える最上位クラスになると、6割が、「区分に該当しない所得者」であり、とりわけ株式等の譲渡所得となると、申告者の78%、所得金額の98%が、この「区分に該当しない所得者」である。ほとんど分類の意味がない。
もう一つの金融所得「雑所得」
株譲渡以外にも、先物取引(FXなど)の所得も分離課税であり、標本調査では「雑所得」として集計されている。雑所得は「公的年金」「業務雑所得」「その他」と区分されているが、標本調査で「雑所得者」と分類された申告者の「その他雑所得」申告者は268人に過ぎないが、所得1億円超の申告者の「その他雑所得」申告数は7,618件で、申告者25,085人の3割程度が雑所得の申告をしている。
(表5)雑所得「その他区分」の申告数、所得、一人当たり所得
申告者区分 | 申告数 | 所得金額 | 一人当たり所得 |
---|---|---|---|
事業所得者 | 889 | 1,747 | 1,965,129 |
不動産所得者 | 277 | 909 | 3,281,588 |
給与所得者 | 2,114 | 10,813 | 5,114,948 |
雑所得者 | 268 | 150,964 | 563,298,507 |
上記区分に該当しない所得者 | 4,070 | 25,186 | 6,188,206 |
合計 | 7,618 | 189,616 |
1億円超グループの「実像」は
1億円超のグループでは、株式等の譲渡所得が、4割を占める最大の項目であることは、明確であるが、個別の組み合わせは不明であり、1億超の所得者の実像は、みえにくい。
標本調査は、所得税法(および措置法)に従い、申告所得を区分している。手がかりとして、所得金額を、所得の源泉別に「事業」、「不動産」、「給与」、「利子配当」、「雑」、「臨時」と7分類して、一人当たり所得を算出した。また、1億以下(5千万超)の所得者と比較もしてみた。
所得の源泉別分類
株式等の譲渡を「株」とし、営業、農業、山林は「事業」とし、退職は「給与」に含めた。「利子配当」は、一つにまとめた。一時所得、譲渡所得は「臨時」とした。
(表6)所得の源泉別一人当たり所得
所得源泉 | 一人当たり所得 |
---|---|
株 | 387,829,349 |
臨時 | 260,641,656 |
給与 | 142,779,704 |
事業 | 111,021,992 |
利子配当 | 48,413,750 |
雑 | 16,501,614 |
不動産 | 12,741,041 |
(グラフ4)所得源泉別一人当たり所得
上記表をグラフにしたものだが、「臨時」のほとんどが、分離長期譲渡所得であり、該当年度のみ1億超の申告となったと想定できるため除外した。
「株」以外で単独で1億ラインを超えるのは「給与」「事業」のみである。1億超の最上位クラスは、「株」+「他の所得」と想定するのが妥当であろう。
最上位(1億超)と上位(1億以下)との比較
所得構成の比較
所得構成の比較のため、所得の源泉別に「事業」、「不動産」、「給与」、「利子配当」、「雑」、「臨時」と7分類して、クラス別所得金額総額の構成比を算出した。
(表7)所得構成比較
所得種別 | 1億以下 | 1億超 |
---|---|---|
事業 | 13.7% | 5.62% |
不動産 | 7.1% | 2.23% |
給与 | 38.4% | 18.35% |
雑 | 2.3% | 2.74% |
利子配当 | 3.4% | 5.94% |
株 | 6.5% | 40.72% |
臨時 | 28.5% | 24.39% |
(グラフ5)所得構成比の比較
上記表をグラフにした。長期譲渡所得がほとんどの「臨時」は除外したところで、構成比を比較した。
1億円以下のクラスでは、給与が53.8%と最大項目であるが、1億超となると給与は24.3%となる。1億以下クラスの高額所得者は、高額報酬の企業経営者および事業所得者(構成比19.2%)が主力であるとみなしてよい。劇的に変わるのが、株譲渡所得の割合であり、9.1%から53.9%になる。
一人当たり所得
(表8)一人当たり所得比較
区分 | 1億以下 | 1億超 |
---|---|---|
給与 | 61,244,724 | 142,779,704 |
事業 | 59,220,233 | 111,021,992 |
株 | 29,807,356 | 387,829,349 |
不動産 | 9,819,894 | 12,741,041 |
利子配当 | 9,396,649 | 48,413,750 |
雑 | 3,243,519 | 16,501,614 |
(グラフ6)一人当たり所得比較
上記表をグラフにした。た同様に「臨時」は除外した。
1億以下(5千万円を超え1億円以下)は、所得税負担率が一番高い所得階層である。所得項目が多い順に、給与、事業、株となっている。1億超では、圧倒的に株である。
ひとこと
1億円の壁が問題視されて久しいが、実際に1億円以上稼ぐ人は、どれだけいるのだろうか。1億円の壁の原因は金融所得の分離課税にあることは、明確であるが、実像がみえてこない。主なメンバーは、高額役員報酬や事業所得の上に株でさらに稼いでいる人たちか、職業的投資家なのか、申告所得税標本調査では、個別組み合わせが不明であり、わからない。
1億以下では、主たる所得が給与、事業であり、これは累進税率が適用されるのに対し、1億超では、所得の最大項目が「株」であり、分離課税である。あらためて「1億円の壁」を確認できた。
アメリカには遠く及ばないにしても、最上位1億超クラスでは、一人当たり「給与」(退職所得を含む)が、1億4千万円となっている。トップ経営者層の報酬は高額化しているようである。
さすがに高額所得者というべきか、利子配当が1億円以下で、一人当たり930万円であり、1億超となると、4800万円である。これだけの金融資産を保有していることになる。
雑所得は、暗号資産など総合課税(累進税率)のものと、FXなど分離課税のものが混在する。1億超の高額所得者は、雑所得の申告者が3割程度存在していることも注目したい。