「歴史人口学の世界」 速水融

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タイトルからすると、歴史好き(しかもかなり特殊な人)しか手に取りそうにない。私自身、奈良時代や江戸時代の日本の人口はどのくらいであったかなどいう、いわばどうでもよいことに興味をもつ一種の変人かもしれない。私の記憶に間違いなければ著者は奈良時代の人口を推計しそれまでの定説を覆した歴史人口学の草分けといってよい存在である。

今や「少子化担当大臣」がいるほど、現代日本でも人口問題は大きく取り上げられることが多くなった。とはいっても日本の大学に人口問題をフォローする学部は存在しない。諸外国にはこの種の専門学部があるそうだ。筆者が強調するように人口や家族は、どんな社会でも、社会の構成要素=基層であり、その社会の型を規定し、逆に社会の変動が人口や家族形態に反映する。

リグリィモデル

人口の増減はかなり長期にわたる傾向であって、1年や2年では変化はないが、一世代二世代と時間が推移すると傾向が明確になる。何ものにも基本文献というものはあるもので本書では英国の歴史人口学者であるリグリィのモデルが紹介されている。このモデルでは、次の7つの変数が、人口増減に関係するという。

・人口規模
・所有規模
・死亡率
・都市人口比率
・一人あたりの実質所得
・製品への需要
・結婚年齢

詳しくは本書をみていただくしたないが、相互の正負の影響関係が図示されていて興味深い。なるほどとすぐ納得する関係もあれば、理解できないものもある。少子化対策といえば「子育て支援」と考えがちで、現に国の政策もそこに重点がおかれているようだが、これを見ると、そう簡単なものでないことは理解できる。気になるのが、都市人口比率が増えると死亡率が増えるという関係だ。都市墓場説というそうだ。衛生状態が悪かった昔ならともかく、現代でもこの相関関係は成り立つのだろうか。

根本的な疑問

現代日本の人口問題は、少子化による人口の減少と高齢化による「従属人口」比率の増大であるというのが、いわば常識となっている。しかし人口減少はよくないことなのだろうか。地球上には人口爆発に悩む国もある。本書によれば歴史人口学はフランスが起源だそうだ。なぜフランスかというと、第二次大戦でドイツに負けたのは(もちろん形式上は勝っているが、フランスのインテリ層はこう認識しているらしい)ドイツが人口増加している中で、フランスでは19世紀以来一人の女性が産む子供の数が減り、生産人口や兵士になるべき層が減ったからだ、という認識から歴史を遡って研究しようというのが研究の動機ということだ。第二次大戦後、先進国の中で目立って出生率が減ったのが「日独伊」だという。これは女性の静かな反乱かもしれない、というのが著者の見解である。なんとなく一国のエリート層が人口減少を心配する動機には不純なにおいがする。日本に住む一個人として、人口減少社会をどうみるか、考えて見た方がよい。

従属人口比率とは、15歳から64歳までを生産人口とし、これ以外の年少者と老年者を従属人口として算出される。老年従属人口指数(生産年齢人口100に対する老年人口の比)は、2010年現在の36.1から2060年には78.4となるものと推計されている。確かに劇的な変化である。しかしこの問題も既存の老齢年金制度を前提に「働き手1.3人で一人を養わなければならない」といった家計レベルの比喩で論じていては、お先真っ暗である。

生産人口の「生産」とはなんだろうか。現代社会では土を耕し工場でモノを作っているという意味での「生産人口」は益々減少しており、さらにAIによって多くの仕事が不要になるともいわれている。役人のいう「生産人口」とは年金保険料を払う人、老年従属人口とは年金をもらう人にすぎない。

ガラガラポンで、あらゆる固定観念を捨て去って、考えないと出口はない。昨日があって今日があり明日がある。なぜこうなったのかを知り、歴史に解決の糸口を見つける、そのためにも歴史人口学は面白い学問かもしれない。

岩波現代文庫 歴史人口学の世界