現在のあるものは、必ず過去とつながっている。今スタンダードであるものが、いつまでもそうであるとは限らない。何事も歴史を知ることは大切だし、歴史を知ることなしに「今」を理解することは危険ですらあると思う。それは「簿記」や「会計」にもいえることだ。
富の記録という意味での簿記の歴史はおそらく数千年前まで遡ることができようが、この本の副題は「複式簿記が変えた世界」であり、複式簿記と会計の誕生から現代的課題まで語っており興味深い。
なお「簿記」と「会計」はひとまとめに考えられることもあるが、私の理解では両者は起源が異なる。「簿記bookkeeping」は、自分のための記録、財産管理が目的であり、「会計accountig 」は、説明する相手を想定した報告目的のものである。
私は、複式簿記と会計の歴史をおおづかみに次のように理解している。
区分 | 時期 | 経済の中心地 | 特徴 |
第1期 | 14世紀から15世紀 | 北イタリア(ベネツィア、フィレンツェなど) | 資本と利益の分離、複式簿記の必要性 |
第2期 | 16世紀から17世紀 | ネーデルランド(オランダ) | 継続企業、年次決算の必要性 |
第3期 | 18世紀から19世紀 | イギリス | 鉄道、株式会社、会計士制度 |
第4期 | 現代 |
こうやって歴史を振り返ると私たちが当たり前のように思っている「資本と利益の分離」や「在庫」「固定資産」「減価償却」などの概念も資本主義の発展とともに発明されてきたものであることが分かる。
信用取引や継続取引が常態化してくると、当初の元手=資本が様々な形をとり、元手=資本と元手により稼得したもの=利益を分離することの必要性が出てくる。単なる出納記録や債権記録では、間に合わないことから複式簿記が発明された。
第2期になり企業が継続的なものとなり(オランダ東インド会社など)、どこかで区切ることが必要となる。決算と「期間損益」の必要性である。これにともない「在庫」、簿記でいうところの「繰越商品勘定」概念が必要となった。
第3期は鉄道と株式会社の時代である。膨大な資本を必要とする鉄道は、初期費用の回収が長期にわたる。ここから初期投資を固定資産として扱い、期間損益に減価償却費として配分することが発明された。また株式会社として多数の株主から資金を集める必要から、企業の発表する財務諸表の正確性を担保する必要性が生まれ公認会計士制度が誕生した。
キャッシュ・フロー計算書
この本で面白かったのが第5章の「キャッシュ・フロー計算書―利益はどこに消えた―」である。キャッシュ・フロー計算書の起源は19世紀のダウライス製鉄会社(イギリス)にあるという。増産のため新たな熔鉱炉の建設に着手したところ、損益計算書や貸借対照表では十分な利益があり安心していたところ、いざ代金を支払う段階でお金がないことに気がつき、「利益はどこ消えた」と頭をかかえたそうだ。そこで2時点の貸借対照表を並べて比較すると「これまで利益と呼ばれてきたものは原材料や製品の在庫であった」ことが分かったという話である。現在の間接法キャッシュ・フロー計算書の誕生である。
終章「会計の本来の役割」
終章では「会計」が陥っている現代的課題、会計に経済学的価値観が混入してきたこと(時価会計)や、今後の課題などが語られているが「こうした混沌とした状況に直面した時、あるべき姿をしめしてくれるのが歴史です。歴史は会計の原点が信頼にあること教えてくれます。」歴史を学ぶことは今後の行き先を考えるヒントとなる(本書最後より)。
なお余談だが、現在の複式簿記、会計はヨーロッパ起源のものである。これはヨーロッパ起源のウォーラーステインいうところの近代世界システム=資本主義=が、全地球上を覆ってきたことに起因する。北イタリアが繁栄した時代(それ以前)に、中国の「宋」では、北イタリア以上に商業や貨幣経済が発展していたことは知られているし、日本の南北朝時代にすでに荘園経営の決算や決算報告書が存在し、為替による送金が行われていたことが知られている。現在の複式簿記や会計は、近代世界システム=資本主義=の発展とともに生み出されたものであって、東アジア起源やイスラム起源の簿記会計システムというものがあるとすれば、どのようなものなのか、考えると楽しくなる。