以前は、考える余裕がなかったが、実務から遠ざかると「あの制度は何のためだったのか」と思うことがある。所得税の「扶養控除」「配偶者控除」も、その一つである。
扶養家族がいると税金が安いという制度
令和5年版源泉徴収税額表の給与20万(社会保険料控除後)の税額をみると、扶養0で、4770円、扶養1で、3140円、扶養2で、1530円となっており、扶養3以上はゼロである。
扶養なしが、一番税金がたかく、扶養人数が多いと税金は安くなる。その理由は所得税法の「配偶者控除」「扶養控除」にある。
これは公平なのかという疑問
20代、30代の人、特に独身の方に「同じ給料なのに、扶養の有無で税金が違うことをどう思いますか」と質問したら、どういう答が返ってくるのだろうか。「同一給料ならば、税金も同額にすべき」または、「扶養家族がいる家庭は、それだけ税金を使っているのだから、多くすべき」という意見すらあるかもしれない。
内閣府の推定では、2040年の生涯未婚率(50歳で未婚の人)は、男性3割、女性2割弱である。家族のあり方も大きく変化している。
20代の頃、初めて先輩に税額表の見方を教わったとき「扶養家族が多いと生活費もかさむし、税金の仕組みは面白い」と、納得したが、最近、「公平」の基準は、ひとそれぞれで、「扶養家族がいる人のほうが、税金が安いこと」を、公平と思わない人も相当いるのだろうと思うようになった。
扶養控除などの人的控除本来の意義
所得税法では、所得から所得控除(所得から差し引きする金額)を差し引きして、課税所得を算出する。その所得控除のなかで、基礎控除、配偶者控除、扶養控除を税法用語では、人的控除と呼ぶ。
あらためて、扶養控除など人的控除の意義を確かめると、租税法の泰斗である金子宏先生は、「所得のうち本人およびその家族の最低限の生活を維持するのに必要な部分は担税力をもたない、という理由に基づくものであって、憲法25条の生存権の保障の租税法における現れである。」と書いておられる。
人的控除に該当する部分は、最低生活費であり、最低生活費に課税しないために、この控除があるという趣旨に読める。基礎控除、配偶者控除、扶養控除は、最低生活費と関係があるようだ。
では現行制度はどうか「基礎控除」のこと
ところが現実の基礎控除は48万円であり、配偶者控除、扶養控除とも38万円である。特に基礎控除48万円(月額ではない)は、あまりにも低く、「憲法25条の生存権保障の租税法における現れ」と評価してよいのだろうか。
もっとも、給与の場合、給与所得控除が最低でも55万円あるので、「扶養なし」でも103万円以下ならば、所得税はかからない。これが、いわゆる103万の壁である。しかし、これは給与所得に限ったことなので、事業所得や雑所得に分類されるフリーランスの人にとってはあくまで48万円である。
家族のありかたと税法
憲法13条は、個人の尊重と幸福追求権を定める。個人の尊重とは、個人の自己決定権を尊重することでもある。
気になるのは、扶養の有無で税負担が違うということは、公法の代表格である税法が、家族のあり方に立ち入っていることになりはしないか、ということである。
個人の尊重、自己決定権の尊重する社会は、多様な家族像があってもよい。税法は家族のあり方に、立ち入るべきでないと思うのだが、扶養家族の有無によって、最低生活費が異なることも自明である。
人的控除の制度疲労
現行の所得税法は、昭和44年(1969年)に制定された。人口も増え、夫が生計をささえ、妻は専業主婦、こども二人が「標準世帯」といわれた時代である。
今、人口減少が問題視され、ジェンダー平等が課題となっている。時代は変わったのであり、所得税の「人的控除」は、制度疲労を起こしているのではないだろうか。
人的控除関係は、私が、実務上経験してきたものだけでも、配偶者特別控除の創設と改正、老年者控除の廃止、特定扶養親族、年少扶養親族、同居老親、最近の配偶者控除、基礎控除の所得制限などが、あげられる。
人的控除は、所得税法の根幹といえる部分だが、つぎはぎだらけであり、理念がどこにあるのか、わからない。
憲法と基礎控除、扶養控除のあり方
憲法25条
憲法25条は、「生存権」定める。ここから導かれることは、「最低生活費に課税すべきではない。」という原則であろう。
憲法13条
憲法13条は、個人の尊重と幸福追求権を定める。個人個人の多様性、自己決定権の尊重である。ここから導かれることは、「税法は必要以上に、個人の選択に干渉すべきでない」という原則であろう。
憲法14条
14条は法の下の平等を定める。ここから導かれることは、「税法は、すべての国民を公平に取り扱うべきである」という原則であろう。
この原則はアンビバレント(一つを選択すると他は選択できない)の関係にはない。これらは、普遍的なものであると同時に抽象的である。これを具体化するのは、税法である。ここに立ち返って人的控除を再構築すべきときにきているのではないだろうか。