12月27日「令和7年税制改正大綱」が閣議決定された。「就業調整への対応」として「特定親族特別控除」が新たに創設されるようである。新聞テレビでは、学生アルバイトの「働き控え」の要因として報じられてきた「特定扶養」の要件拡大である。
特定親族特別控除
親の所得税から、19歳以上23歳未満の子で、所得制限により「控除対象扶養親族」に該当しなくても所得金額が123万(給与年収188万)までは、子の所得に応じて段階的(9段階に区分)に、「特定親族特別控除」を適用し控除するという内容である。わかりやすく言うと「扶養」にはならないが、特別の控除をみとめるという内容である。
解説
所得税法は、納税者に扶養家族がいるときは、所得から一定金額を扶養控除として差し引きする。19歳から23歳未満は「特定扶養親族」として63万円(一般扶養親族や配偶者控除は38万円であり控除額が多いため「特定」である)が控除される。
税法上の「扶養」に該当するには、当然ながら所得が一定以下でなければならい。大綱では、この扶養基準を10万円引上げ58万円以下とし、給与所得控除も10万円引上げ65万円としているので、次のようになる。
- 子が無収入か給与年収123万以下であれば親の所得から「特定扶養控除」として63万円が控除される。
※123万の給与は、給与所得控除65万を引くと58万となる。 - 子の年収が123万以上であれば、親は「特定扶養控除」は適用されないが、年収188万以下であれば親の所得から「特定扶養控除」ではなく「特定親族特別控除」が控除される。控除金額は、子の年収によって9段階に区分され最高63万、最低3万である。
※給与所得控除は65万であり、188万の給与は65万を差し引きして123万となる。
※注意が必要なのは、Uberや動画配信などの所得は給与ではないので給与所得控除はない。
ご都合主義「改正」による現場の困惑
与党、国民民主党間で、特定扶養要件拡大だけは早期に合意に達した。この改正を一番望んでいたのは、アルバイト使う企業側であると、想定できる。
この扶養要件の拡大は、あまりにもご都合主義的な改正である。
給与支払者は、源泉徴収と年末調整という、本来国家が担うべき徴税事務を法律上の義務として無償で行っている。この改正によって、さらに負担が増加するが、これが問題視されることはない。
この種のパッチワーク的改正が行われると、困惑するのは、年末調整を行う担当者や税理士、また官庁の税務職員である。
実務上おきること
年末調整実務では、次のような「仕事」が増える。税制改正で、このコストが語られることははない。
年末調整の書類が増える
特定親族特別控除の創設によって、年末調整時に「特定親族特別控除申告書兼控除額計算書」(仮称)が必要になる。しかも配偶者と違って1名とは限らない。具体的な控除額は9段階であり計算が必要となる。
年末調整なのに「年末」にできない?
特定扶養控除または特定親族特別控除適用を受けるためには、子が無職でない限り、子の年収(所得)を記入しなければならない。
親の年末調整実施時までに、子の年収が確定するだろうか。むしろ確定しないことのほうが多いのではないか。とすると「年末調整」のはずが年末にはできないという事態もおきる。
企業によっては、年末調整のやり直しなどの面倒を避けるため、子の源泉徴収票の提出を要求するところも出てくるはずである。
扶養控除の是正
特定扶養控除申告書に記載した子の年収見積より実際の年収が過大であった場合、特定扶養控除が過大となり、税の徴収不足が生ずるので、企業は年末調整をやり直す必要がある。過小であった場合は、確定申告によって、還付請求することになる。
後日、子の確定申告や給与支払報告書によって、年末調整の扶養控除が過大であることが、判明すれば、課税庁は「扶養是正」に関する通知を発することになる。こうなると、企業は年末調整をやり直し、不足分を徴収し税務署に納付しなければならない。
ブルシット・ジョブ
「ブルシット・ジョブ」とは、デヴィッド・クレーバーの書籍のタイトルであり、サブタイトルは「クソどうでもよい仕事」と訳されている。
難しすぎる年末調整
「扶養親族」「控除対象扶養親族」「特定扶養親族」「老人扶養親族」「配偶者」「同一生計配偶者」「控除対象配偶者」「源泉控除対象配偶者」「老人控除対象配偶者」これら、すべて所得税法の定義である。また「年少扶養親族」のように「扶養親族」の定義を「年齢16歳以上の者」とすることにより、定義しているものもある。さらに配偶者控除、配偶者特別控除、基礎控除と、適用の有無や控除額を計算しなければならないものもある。
これらの意味がわからないと、会社に提出する年末調整関係の書類を書けない。
社長の怒り
税理士をやっていたころの経験である。年末調整関係の書類の説明をしていたら「こんなのわかるはずないよ。なんで税理士は文句いわないのか」と叱られた。もっともなことである。私は税理士を廃業し実務を離れたが、年末調整の複雑さ、バカバカしさは、実務をやったものにしかわからない。
これは「租税歳出」ではないか
とるべき税金をおまけすることを「租税歳出」と呼ぶそうである。税制改正大綱によればこの制度創設で、100億円の減収となる。
所得税法の体系では、本来「扶養控除」の対象でないものを控除の対象とする。これは租税歳出と呼ぶべきであろう。
ブルシット・ジョブ
この制度は、学生アルバイトの就労調整に対応するものだという。しかし、どの程度その目的に資するか疑問である。類似した既存の制度に「配偶者特別控除」があるが、まずこの制度の検証が必要である。
このようなパッチワーク的な税制によって「クソどうでもよい仕事」が増えていく。社会的リソースの無駄遣いである。