医療費控除廃止論

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大方の賛同は得られない。しかし、実際に徴税事務に携わる税務官署の職員の方、申告書を作成する税理士の方など「税のプロ」には、廃止論に賛同される方もおられると思う。

私も30年間税理士をやってきて、いつも感じてきたのは、この制度は、一言で言えば「バカバカしい」のだ。たいていの人は、領収書をたくさん集めても還付金はごくわずかである。今は添付が不要になったが、税理士は領収書を見ながら医療費控除の明細書を作成しなければならい。一番大変なのが税務官署であり、申告書を受理して、還付金の振り込みをしなければならない。このコストが、いかほどかは、わからないが、ともかく膨大な金額であることは想定できる。

納税者にとってのメリットはごくわずかだが、数が多いので、税の減収(=歳出ともいえる)は、多額であり、事務コストは膨大である。この制度が存在する理由がみつけにくい。

医療費控除の実態

医療費控除の規模

令和4年の「申告所得税実態調査」によると、この制度の適用者は、1,889,738人であり、控除の総額は4,007億円である。医療費控除は所得控除であるから、年末調整が済んでいる人は、医療費控除の金額に所得に応じた税率を掛けた金額が還付され、その他の人は、医療費控除額に所得に対応した税率を掛けた金額だけ税金が安くなる。

上記実態調査から、所得階層ごとの人数、控除額は、わかっても課税所得が不明なため正確な計算はできないが、およその金額は推定可能であり、還付を含む減税額は790億円となる。

一人あたり減税額

令和4年の「申告所得税実態調査」の[所得控除から、一人あたり減税額を所得クラス別のグラフにした。

一見してわかるように、減税額(還付額)は、下に薄く上に厚い。その一部を表にすと下記の通りである。

区分所得階層減税額(円)
70万~100万円3,480
250万~300万円8,019
1,200万~1,500万円98,772
1億~2億円216,473
令和4年申告所得税実態調査をもとに計算

上記は「所得」なので、区分1は、給与の年収では240万円程度(扶養なし)、区分2は年収600万円(扶養一人)程度が相当する。これをみて明らかなように、普通のサラリーマンにとって、恩恵はわずかである。理由は明確で「医療費控除」は「所得控除」であり、税率が高い人ほど恩恵がある。

医療費控除の本来の趣旨

所得税は1年間の所得に課税される。所得があったとしても、不測の事態によって、支払いが困難になることもあり得る。医療費控除が税制に組み込まれた趣旨は、「災害免除法」や「雑損控除」などと同様の系譜に属するものである。したがって、所得が多い人ほど減税額が多くなることと矛盾はない。決して給付が目的の制度ではない。
医療費控除の趣旨については、書いてきたので、詳しくは下記をお読みください。

医療費控除廃止論

納税者とって、恩恵はわずかであり、事務負担は大きく、財政上の負担も大きい。しかも目的が、医療費助成(給付)にあるとすれば、下に薄く上に厚い結果となるのは疑問である。

所得税は暦年課税でありその年の所得(所得を得た人)を課税の対象とする。ところが疾病、傷病によって、多額の支出を余儀なくされても、これは「経費」ではない。多額の支出が事実として納税を困難にすることは、あり得ることである。これは、所得税法以外の法令によって、救済すべきである。現在の医療費控除制度は、これに応えるものではない。医療費助成が目的ならば、医療制度の中で解決すべきであり、税制に組み込むべきではない。以上から、所得税法の医療費控除は廃止すべきものと考える。

ひとこと

介護用品の「おむつ代」が、医療費控除で5千円、1万円でも還付されれば助かると思う人がいるのは当然である。しかし、所得が多い人ほど還付が多いのでは納得できないのではないだろうか。

私の実務経験では、控除額が特に多いのがインプラントである。「医療費控除が受けられるのでインプラントを」となると、医療費控除は誘因的性格をもってくる。

医療費控除を廃止すれば増税となる。通常の医療費は生活費である。廃止による増税に反対ならば、基礎控除の増額を求めるべきである。

税法には、このように、不思議な制度がたくさんある。なぜ、まともに議論されないのだろうか。

やはり、最大の問題は、多くの人が、源泉徴収、年末調整によって、申告とは無縁で、税金について「関心はあっても、知っているようで知らない」状態に置かれていることにあるように思える。