税務統計にみるジェンダー・ギャップ(4)「103万の壁」とパート主婦

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昨年(2024年)末から税制改正の焦点となった「103万の壁」とは、ジェンダー(社会的性差)の問題である。

「103万の壁」世論調査

共同通信2024年11月世論調査には、次の項目があった。

「国民民主党は、手取りの増加に向け、年収が103万円を超えると所得税が発生する「年収の壁」を178万円に引き上げるよう求めています。一方で、引き上げによって国と地方の税収が年間で約7兆6千億円減少する見通しです。あなたは、年収の壁の見直しに賛成ですか、反対ですか。」

これまで、「103万の壁」問題とは、「妻が夫の扶養から外れると困る」ということであり、課税最低限の話ではなかった。この論調によって、「壁」の意味が、課税最低限に置き換えられた。この世論調査の結果は、賛成、どちらかといえば賛成が、69.9%であった。もっともな結果といえる。

この論調は、各報道機関が一致していた。

パート主婦とジェンダー

家族のあり方として、夫は外で働き、家事労働の主な担い手は妻という観念が幅広く存在しており、現実もそうである。昨年来の焦点であった「103万の壁」問題は、このジェンダー(社会的性差)を前提とした話である。

主婦パートは、日本の産業構造にとって、「なくてはならないもの」になっており、ジェンダーの産物である。

仕掛けは成功した

企業サイドからすれば、家計の主たる担い手でない主婦は、低賃金で雇用することができる。その主婦層が「103万の壁」によって、働き控えをすると、重要な低賃金労働力を失うこととなる。

「課税最低限の引き上げ」を前面に掲げることで、「妻の扶養限度」の引き上げるという仕掛け人のねらいは、成功したといえる。

結局、配偶者控除の所得要件は48万から58万へ、給与所得控除の55万から65万への引き上げと合わせ「妻の扶養要件」である103万の壁は123万で、落ち着いた。しかし家庭サイドの税負担は、配偶者特別控除の対象であった妻が配偶者控除に移行するだけであり、ほとんど変わらない。

主婦パートの実情 民間給与実態統計から

国税庁が公表する「民間給与実態統計調査」では、給与を役員、正社員、正社員以外(パート、アルバイトなど)と3区分し、企業が「正社員」として処遇していない者を「正社員以外(パート・アルバイト等)と区分している。この区分では、所定労働時間が短いなどの本来の「パートタイム労働者」とフルタイムの非正規労働者(派遣、有期雇用など)双方が含まれる。

この統計では配偶者の有無は不明であるが、主婦パート労働者は「正社員以外(パート・アルバイト)に、含まれる。また、この統計により、夫の配偶者控除、配偶者特別控除の適用状況もわかる。

女性非正社員の給与階級別人数(1年を通して勤務)

女性非正社員の1年を通じて勤務した人の乙欄適用者を除いた給与階級別人数である。

(注)乙欄とは源泉徴収税額表「乙欄」のことであり、2カ所以上の会社から給与の支払いを受けている場合に、従たる給与(2カ所目以後)に適用される。乙欄適用者は、同時に二カ所以上からの給与支給を受けている人であり、人数が重複するので乙欄を除外した統計を使った。

表1 女性非正社員の給与階級別人数

給与階級人数(人)構成比
100万円以下2,283,26428%
200 〃3,209,11439%
300 〃1,927,26924%
400 〃547,8487%
400万円超225,4623%
8,192,958100%

グラフ1 女性非正社員の給与階級別構成比

正社員以外(パート等)に区分される女性の年収は、100万円以下と200万円以下を合わせると67%となる。200万円を超える人は「パート」というより派遣などの非正規労働者と思われる。

女性非正社員の給与階級別人数(勤続1年未満)

非正社員で1年を通じて勤務した人は、819万人であるが、他に1年未満勤続の人が、315万人いる。

表2 女性非正社員の給与階級別人数(勤続1年未満)

給与階級人数構成比
100万円以下2,644,15984%
200 〃322,04910%
300 〃142,2515%
400 〃35,9641%
400万円超12,7610%
3,157,184100%

こちらも乙欄適用者は含まない。1年未満勤続となると100万円以下が84%である。

一年を通して勤務と勤続1年未満の合計

表3 一年を通して勤務と勤続1年未満の合計人数(200万円以下)

給与階級1年勤続1年未満勤続合計
100万円以下2,283,2642,644,1594,927,423
200 〃3,209,114322,0493,531,163
合計5,492,3782,966,2088,458,586

合計で100万円以下が492万人であり、100万円以上200万円以下が、353万人で、合計845万人となる。

この統計では配偶者の有無は不明であり、単身者も含むため、この人数は、主婦パートの総数というわけではない。

100万円以下は配偶者控除、200万円以下は配偶者特別控除の対象と重なる。

令和5年の税制では、配偶者控は、年収103万円(所得48万円)以下、配偶者特別控除は、年収201万円(所得133万円)以下が対象となる。

配偶者控除と配偶者特別控除

「民間給与実態統計調査」には、「諸控除」の項目がある。

妻の年収が200万円以下であれば、夫の配偶者控除、配偶者特別控除いずれかの控除の対象となっている(ただし夫の所得が1000万円を超えると適用はない)。

配偶者控除、配偶者特別控除の申告者数は下記の表のとおりである。

表4 配偶者控除、配偶者特別控除適用数

種別適用数(人)
配偶者控除7,294,971
配偶者特別控除1,172,328

民間給与実態調査からわかること

男性(夫)の、配偶者控除申告者数は、729万人である。これには、専業主婦とパート主婦双方が含まれる。

厚生労働省の「働く女性の実情」によれば労働力率では、54.2%(令和4年)となっており、およそ半分が、パート主婦とすれば、パート主婦は360万人となる。

男性(夫)の配偶者特別控除申告者は、117万人である(妻がパート以外の所得ということもあるが、わずかであろう)。

以上から、パート主婦の総数は、400万人から500万人と推定できる。年収は200万円以下であり、100万円以下が過半であると考えられる。

「103万の壁」問題の本質

最後に「103万の壁」に戻る。

家庭サイドには「103万を超えると損になる、超えてはいけない」という話は相当浸透している。「いくら説明しても妻が信じない、みんなそう言っているから」という話もよくあった。

税制や社会保険制度の正確な知識の上での判断ではないようだ。これは実感である。実際に103万を超えても、妻の税金は、働き控えをするほどの金額ではない。夫も配偶者特別控除があり、税負担もさして増えない。

「幻の壁」に困った産業界

103万の壁は、幻の壁だという論者もいる。現実には、税制上「壁」というほどのものは存在しない。しかし、この神話が浸透している限り、「壁」を理由とした働き控え(雇用調整)を行う人が出てくる。これに困ったのが産業界である。仕掛け人のねらいが、みえてくる。

税について正確な知識がないことによる「幻の壁」に対処するために、一番わかりやすいのが「課税最低限の引き上げ」というスローガンである。仕掛けは成功した。

ジェンダー問題としての103万の壁

家族のあり方として、夫は外で働き、家事労働の主な担い手は妻というジェンダー(社会的性差)が、広く存在している。

企業は、家計の主たる担い手でない主婦は、低賃金で雇用することができる。「103万の壁引き上げ」に強く共感したのは、主たる稼ぎ手は夫、妻はパートというというジェンダーを良くも悪くも受け入れている家庭であり、この家庭では、おそらくパート以上の働き方は望んでいない。

令和7年改正によって、配偶者控除の適用限度が、103万から123万になっても、配偶者特別控除の対象であった117万人が、減って配偶者控除に移行するだけである。 「103万の壁」問題は、低賃金労働者として主婦パートを必要とする、日本の産業構造とジェンダー(社会的性差)ゆえの問題である。